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やり直せるなら(2)


 

▽3日目

 放課後。

 一階の廊下を歩いていた智子が顔を上げた。

 浩之が立っている。傍らにいるのはいつもの神岸あかりではない、別の女の子だ。それもかなりの美少女。

 ただ、美少女の表情はさっきから一向に冴えない。

「またあのアホ、いらんお節介焼いてるんちゃうか?」

 ちょうど自分の時のように。

 そしてふと寂しさを感じている自分に気がついて、頭を振る。

「…別に、あいつが誰と話てようと、私には関係ないことや…そや。関係ないんや…」

 キッと目に力を入れ、いつものポーカーフェイスを作り、浩之と美少女の横をさも気がつかないかのように通り過ぎようとする。

「…だよ。超能力がどうのって噂、聞いてるぜ。すごいよな」

「知っているのなら…もう、私に、つきまとわないでください」

「え?」

「私に近づくと、あなたは必ず不幸になります。だから…」

「あ、ちょっと、琴音ちゃん!」

 智子が二人を通り過ぎるより早く、美少女はだっと駆けだしていった。あとにはぽかーんと口を開けた浩之だけが残っている。その浩之と、目があった。

「よ、よぉ。委員長」

「…振られたみたいやな。ま、あんたも女の子追いかける以外のこともせんと、誰にも相手されへんしょーもなー男になってまうで」

「別にそんなんじゃねーよ。ただ、ちょっと寂しそうな顔してたから、気になってよ」

「…あんた、それ優しさのつもりかも知れんけど、他人のことに勝手に首つっこむのは止めた方がええよ」

「なんだよ、それ。まだ例の三人のこと怒ってんのかよ」

 例の三人、というのは、智子に嫌がらせをしていたクラスの女子三人組のことだ。智子は気にしていない風を装っていたが、あまりの陰湿さに見かねた浩之が間に入って、先日めでたく丸く収まっている。

「あんなん、大して気にしてへんて、言うたやろ。そうやなくて…他人事に中途半端に首つっこんだかて…一番必要としている時に側にいてやれへんのやったら、よけいつらくなるだけや言うてるんや!」

 どうしたんだろう。気がつくと叩きつけるように大きな声になっていた。もっとクールに諭すように言ってやるつもりだったのに、感情をうまく抑えられない。

「自分の都合のいいときだけ、味方になってイイヒト面するんは卑怯やて言うてるねん!」

「それ、委員長のことか?委員長、なにかあったのか?」

「何も…ないよ」

 あの夜以来押さえてきた感情がどっと押し寄せてきた。浩之の顔をまともに見ることができない。

「昨日、俺に聞いてきたのは、そのことか?俺に会いたかったのか?」

「そんなんちゃうて、言うてるやろっ!自惚れるのも大概にしーやっ!!」

「おい、委員長…」

「なんなんよ、あんたは。あの三人のこと解決したから私のことはもうそれでええんか!?次はさっきのあのコの番なんか?そうやって誰かにお節介焼いて、感謝してもらわんとあんたは生きていけへんのんか!前にも言うたやろっ、そんなん優しさなんかやない、自分勝手な親切の押し売りと一緒やっ!!」

 智子は言いきらないうちに駆けだした。涙が出た。寂しかったのか悔しかったのかはわからない。

 角を二つ曲がったところで、

「きゃっ!」

「げっ…!」

 人にぶつかって、尻餅をついた。思わず睨みつけ、

「ったー…どこ見て歩いてんねんっ!」

「って、それはこっちの台詞だっ!それともこの時代の人間はみんな、自分からぶつかってきて文句言うのか?!」

と、怒鳴り返したのは浩之だ。

「あっ…」

 あわてて目をそらし、立ち上がって逃げ出そうとするが、浩之の手が肩に掛かる。

「待てよ、どこか打ったのか?痛いのか?」

「手ぇはなしてっ!」

「おい、どうしたんだよっ?」

「放してて言うてるやんか!あんたの顔なんか見たくないっ!」

「なんだよ、なんで泣いてるんだよっ?!」

「手、放してよぉ、アホ藤田ぁ…!!」

「藤田じゃない、俺だ、HIROだっ!」

「えっ?…HIRO…?」

「…ここじゃ都合が悪い。こっち、来い」

 誰もいない教室を見つけた二人は、適当な席に腰を下ろした。

「少しは、落ち着いたか?」

「…うん。もう大丈夫や」

 智子の声からはさっきのヒステリックな色は消えていた。代わりに心なし寂しそうな色が混ざっている。

 しばし沈黙。

 ぽつり、とHIROが口を開く。

「さっき、また藤田とかいうやつと間違えたよな。そんなに俺に似てるのか?」

 智子は下を向きっぱなしだった顔を少しだけあげて、HIROの顔を盗み見る。

「…鏡に写したみたいにそっくりや」

 また下を向く。

「…で、そのそっくりな藤田ってやつの顔は見たくねーんだな」

「…」

「そいつ、おまえの彼氏か?」

「…ちゃう」

「ふーん…何があったか聞いてもいいか?」

「…言いたくない」

「なら言わなくてもいいけどよ…」

 また、沈黙。

「…言いたないけど、勝手なことは口走るかもしれんよ」

「よし。じゃあ何か聞こえても、俺は知らねえ」

 HIROは智子に背を向けて座りなおした。

 また、沈黙。

 校庭から、運動部の威勢の良い声が遠く聞こえる。あとは、壁掛け時計が時を刻む規則正しい音のほかは、何も聞こえない。

「…ショックなことが判明してん…」

 聞こえるかどうかの小さな声。

「私が、ずっと知らんかったことがあって…それ、知らんまま、勉強して、こっちで友達も作らんと、ずっと一人で頑張っててん。せやけど…」

 間。

「…親友やと思ってたのに。一人だけ知らんかって…それで、なんか知らなんけど、あいつの顔が見たなって…待ってたのに、あいつは来ぃへんし。そしたら、雨まで降ってきて、もう、なんか、むっちゃアホみたい思て…そしたらそのアホみたいなんをアホみたいやて思ぅてる自分が、また輪をかけてアホみたいで…」

 顔は下を向いたままだが、すすり泣く音が聞こえてくる。

「さっきな…」

 今までとは違う、呼びかける言い方に、HIROは肩越しに智子を見る。

「…あいつの顔見たなかったって、言うたやろ?あれ、ホンマは違う…いまの自分の顔見られたくなかってん」

 HIROは智子に向き直った。

「泣きたいときには、泣き顔でもいいんじゃねーか?」

「…うっ、ううっ、うううっ、ううわあぁぁぁ…」

 智子はHIROの制服の胸ぐらをつかんで、身を預けた。

「…うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!…藤田くぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」

 HIROは何も言わず、智子が泣くにまかせた。ただ、藤田というのはどんな男なのだろうとぼんやりと考えた。

「服、どうしたん?」

 しばらく経って、やっと泣きやんだ智子が、さっきまで握っていたHIROの制服を見ていった。

 今日のHIROは学生服を着ている。デザインもよく似ているが、色が黒いのがちがう。この学校の男子の制服はもっと青い。

「昨日あんたに言われてから爺ィに連絡して、送ってもらったんだよ。似合うか?」

 智子はちょっと後ろに下がって、上から下まで視線を走らせ、

「そやな…悪くないよ」

「そりゃ良かった。あんたの言うとおり服をかえたおかげで、今日は仕事がスムーズに運んだぜ。ありがとうな」

「仕事て…水道工事やったっけ?」

 それと服に関係があるのだろうか。

「まあ、そゆの。そんな簡単なもんじゃねーけどな」

「いい加減はっきり正体明かしたらどうやの。それとも人に言えんようなイカガワシイ仕事しとるんかいな」

「イカガワシくはねーけど…たとえば、俺は未来から来た暗殺者で、ある人物を処理するためにやって来たんだ…っつっても、信じないだろ?」

「アホらし。誰がそんなSFみたいなこと信じるかいな」

「だろ。だからまあ、いいじゃねーか。俺が誰でも。だいたいな俺だって、あんたのことよく知らないんだぜ?」

「?」

「名前とかな」

「そ、そやっけ?」

 そう言えば名乗った覚えがない。あまりに浩之にそっくりなので、すっかりこちらのことは知っているものと思いこんでいた。

「私は、保科智子。ここの2年生や」

「じゃあ、俺も改めて。HIROだ。よろしくな」

といって右手を差し出す。

「こ、こちらこそ」

 少し頬を赤らめて握り返す。さっき胸を借りて泣きじゃくったばかりだというのに、手を握るのは多少気恥ずかしかった。

 

▽4日目

 智子は気分がふさいだときいつもそうするように、屋上のフェンス越しに午後の町を見下ろしていた。

 思った通り、浩之は朝開口一番に昨日のことを口にした。正直もうどうでもいいと思っていたことなので、智子はどうでもええよと軽く流そうとしたのだが、浩之は引かなかった。結局、何度目かの「もう大丈夫やから心配せんといて」で浩之が納得した頃には、すっかり気分が塞いでしまった。

 それもあり、ここしばらく足を運んでなかったこともあって、智子は屋上にやってきていた。

 屋上へのただ一つの出入り口がぎぃと音を立てた。

「よぉ。智子」

 どきっとした。浩之…ではない、HIROだ。

「…あんたか。誰かと思たやんか。勝手に人の名前呼び捨てにせんといて」

 それには答えず、HIROはわざとらしく手を広げてみせる。

「奇遇だなあ。こんな場所で会えるなんてよ」

「って、学校の中やんか。奇遇って言うほどのもんとちゃうって」

「そりゃそうだけどよ。何してるんだ?」

「…なんかあったらここに来ることにしてんねん。気分が塞いだときとか、ぱーっとしたい時とか」

「ふぅん…」

 HIROも智子と同じように、手すりからフェンス越しにパノラマに目をやる。

「おー。いい眺めだなぁ」

 午後ももう遅い時間だ。もうまもなく西の空に日が沈み始める。今日はあざやかな夕暮れになりそうだ。

「こういうところからこう、広がっていく町の景色をみてると、なんかこう、気分もぱーっと広がっていく感じするよな」

「…なんか、妙な気分や」

「?」

「つい先日も、ここでこんな会話したような気がする」

「へぇ。似たようなこと考えるやつがいるんだな。まあ、だれだってここからの景色を見たらそう思っちまうのかも知れねーけどよ」

「…むっちゃ似てるけどな」

 HIROは智子に視線を移し、また景色に目を転じる。

「…いい町だな。緑も多いし…なんつーか、暖かみがあるっつーか…」

「そんなもん?」

「少なくとも、人が住んでるっていう感じがするな。同じ暮らすなら、こういう町がいいと思うぜ」

「私には、ようわからん。そりゃ悪い町とは思わんけど…前の町の方が私は好きや」

「きっともっといい町なんだろうな、その町」

「まあ…あんたの住んでた町はどうなん?」

「ああ…まあ、もっと無機質な感じだな」

「その口振りやと、あんまり好きやないみたいやね」

「…」

 だんだんと西の空が赤みを帯び始めてきた。春の雲が白からうすいオレンジ色に色を移しながら、ゆっくりと飛んでいく。

「…こんなにここでのんびりするつもりはなかったんだ。とっとと仕事を終わらして帰るはずだったんだが…」

 意味ありげに智子を見る。

「私のせいとか言うん?」

「いや、仕事が遅れてるのはあんたのせいじゃない。爺ィが立てた計画がもともとずれてたみたいなんだな」

「ジジィて、あんたの上司か?」

「ま、そんなとこかな」

「そんなとこ、なぁ…」

 ジトーっという目。

「な、なんだよ」

「…まあええわ。どうせ聞いても答えてくれへんのは、よーわかってるし」

「俺の正体?まだこだわってるのかよ?」

「そりゃそうやろ。学校の生徒やない人間が勝手に入りこんでんねんで。しかも身元不明の上に言動もオカシイ。変質者の類ってことで先生らに報告するんが筋やんか」

「言ったって、信じないだろ」

「場合によりけりや」

 HIROは考え込んだが、やがて軽く肩をすくめ、

「…誰にも言うなよ?」

と声を潜めていった。

「うん…」

 思わず、智子の声も小さくなる。

「実はな…」

「実は…?」

「…俺は、未来から来た暗殺者で、ある異能者を始末するのが仕事なんだ」

「…」

 ばこっ!

 HIROの後頭部から景気のいい音がした。

「アホッ!真面目に聞いてそんしたわっ!」

「ぃってー…だから言っただろ!信じないだろ、ってよ」

「場合によるて言うたやろ」

「場合って、どんな場合だよ」

「本当のことを言った場合や」

「お、俺は本当に真面目に教えてやったんだぞ」

「そないなマンガみたいなこと信じられんて、昨日も言うたやろ」

「だから、マンガみたいだろうがSFみたいだろうが、それが事実なんだからしょーがねーだろっ!」

 智子がハンッと肩をすくめる。

「アホらし。ほなあんたは、自分が未来人やて本気で言うとるんか?そしたら、なんでもええから、証拠見せてみいな」

「証拠だぁ?なんで俺がわざわざそこまでしなきゃ…」

「な〜んや。やっぱり嘘なんやんか」

「ぅ、嘘じゃねえぞ。俺は本当に未来から来た人間だ」

「証拠は?」

「証拠は…」

 がさがさと懐をあさり出す。ややあってHIROが取り出したのは、先日の緑色のブレスレットだ。

「例えば、これだ。携帯用防御力場発生装置(ポータブル・プロテクト・フィールド・ジェネレイター)。計算上ではこの時代のどんな携帯用兵器からでも体を守ることが出来る」

 HIROはブレスレットのある部分にふれた。全身を緑色の光がうっすらと覆う。

「なんか、投げつけてみてくれ」

「え?」

「そうだな、そこのバケツでいいや。俺に向かって力一杯投げつけろ」

 智子はバケツとHIROを交互に見る。

「ホンマにやるんか?」

「おう」

「…どうなっても知らんで」

「いつでも来いっ!」

「せーの…うりゃっあっ!」

 がんっ!

 気合いを込めた智子の一投はまっすぐにHIROの顔面にヒットした。

 が、HIROに動じた様子はない。顔には傷どころか、なんの変化も見られない。

「どうだ?」

「…まあ、そのブレスレットがなんやそういう種類のものやてことは分かった。せやけど、そんなん、何の証拠にもならへんやんか」

「20世紀にこんなものねーだろ」

「せやけど、1年生には人型ロボットがおったやんか。あんなん作れるんやから、それくらいできてもぜんぜん不思議とちゃうて」

「…むー、この時代の科学はそんなに進んでいたのか…」

 腕を組むHIRO。

「ほらほら、他に証拠はないんか?」

「ちょっとまてよ…えーと、ならこれはどうだ?」

 といって取り出したのは、鉄製のボクシング・グローブのようなものだ。それを右手にはめ、フェンスの一部に向けると、左手でグローブの一部に触れる。

 ぼしゅっ!

 という音がして、グローブが飛び出した。そのまま、フェンスに人が通れるくらいの大穴をいともたやすくぶち空けた。

「携帯用腕型ミサイルだ。一度発射されても、すぐもどってくる…こんなふうに」

 その通り、グローブは空中でくくっと宙返りをして、HIROの手元に戻った。

「どうだ?」

 智子は大きなため息をつく。

「…そやから。そんなん見せられても、ホンマに未来にならな作れへんものかどうか分からんから、証拠にならんて言うてるんよ。あんた、分かってる?」

「う…どうしたら証明できる?そうだなあ他には…」

 そのとき、扉の方から人の声がした。

「やべぇ、思ったより時間が経っちまってた…おい、智子、隠れるぞ!」

「な、隠れるて、なんでやの?!」

「いいから、こっちだ!」

 HIROは強引に智子を物陰に引きずり込んだ。

 それとほぼ同時に、扉から二人の人影が現れた。一人は男子生徒で、もう一人は女子生徒のようだ。

「…本気なんですか?…」

 智子の位置からではよく聞き取れない。しかも位置的に逆光になるのでシルエットしか見えない。

「…本気も本気…今度こそ…」

「でも…」

「…あったあった…」

 二人は、ついさっきHIROが空けた穴の方へ向かっていった。

 と、男子生徒の方がその穴に手を伸ばす。

「…さん、危ないですから、やめて下さい…」

「大丈夫。俺はやる!」

 そのまま、フェンスの外側に出てしまう。

(なにやってるんや!早よ止めな…)

(待て!)

 思わず飛び出そうとした智子をHIROが制す。

(なんでやの?!)

(いいから…)

(せやけど…)

 その間にも、男子生徒はフェンスから一歩足を踏み出していた。

「…起こりそうか?」

「…危ないです。戻って下さい…」

(まさか、飛び降り自殺とかするんやないやろな…)

(それはない、と思う)

 すると、それまで男子生徒を必死で説得しようとしていた女子生徒の動きが一瞬止まった。

 男子生徒が突然バランスを崩し、フェンスにしがみつく。

「早くそこから、離れて下さいっ!」

「琴音ちゃん!念力を意識するんだ!予知なんかじゃないっ!」

「藤田さん!早くっ!」

(藤田!?)

 そうだ。この声には聞き覚えがある。藤田浩之の声だ!

「こんなのが俺の未来なのか!このまま俺が落ちたら、琴音ちゃんを誰が助けるんだ!!」

 浩之の動きが妙だ。左手が、あたかも見えない手に引っ張られるかのように、フェンスから離れる。

「自分に負けるなっ!超能力で人を不幸に出来るなら、幸せにだって出来るはずだろっ!!」

 次の瞬間、浩之の右手もまたフェンスから引き離された。

(あっ…!)

「藤田さあああぁぁぁんっ!」

 女子生徒が絶叫した。

 智子には、浩之が屋上から落ちていったように見えた。

 だが次の瞬間、浩之の体はフェンスの上を飛び越えて、その内側にどさりと落ちた。

「…藤田くん?」

 いったい何が起こったのだろう?智子はとなりのHIROを見た。

「今、藤田くん、あそこから落ちて…」

「飛んだんだ。宙に浮いた。あれはテレキネシス…見つけたぞ、あいつが異能者だ」

「異能者…?」

 智子の脳裏に、さっきのHIROの言葉がよみがえる。

『…俺は、未来から来た暗殺者で、ある異能者を始末するのが仕事なんだ』

「…あんたが探してたのは、藤田くん?」

 HIROが頷く。

「始末するて言うたけど…どういう意味なん?まさか…」

「…」

 返事の代わりに、HIROは立ち上がる。その腕に智子がしがみつく。

「あ、あんた本気?何しようとしてるかわかってるん?」

「これが俺の仕事だ」

「仕事やからって…」

 HIROは智子に向き直り、正面から智子の瞳を見た。

「今、あいつを殺しておかなければ、とんでもないことになる。いずれあいつの子孫がそこら中を闊歩するようになる。奴らの能力は強力だ。俺のもってるどんな武器も防御力場も、奴らには通じない」

「何なんよ、それ。わけわからん!」

「だから、そう言うことなんだよ!あいつはまもなく力を覚醒させる。チャンスは今しかないんだ」

 HIROは智子の手を振り払い、懐から何かを引き出した。拳銃、のようなものに見える。智子がすがりつく。

「人殺しなんてあかん!よくわからんけど、もう一度よく考え!!」

「何を考えろっていうんだよ。あいつは俺の標的だ。殺さなきゃ何億という人が、あいつの子孫のために苦しむことになるんだ!俺はそのために、わざわざここまで派遣されたんだぞ!」

「あかんもんはあかん!そや、もしあんたの狙ってる人間が藤田くんと違ったらどうするんや。人違いで殺したら、あんたどうするつもり?」

「あんたも見ただろ?あいつは空を飛んだんだぞ!」

「他の人がやったことかも知れんやないの!そこの女の子とか、それか…私とか」

「え…?」

 HIROの顔からさっと血の気が引く。

「もしかしたら、藤田くんの体を浮かせたのは私で、超能力者は私で…あんたの狙ってるのは私かも知れんやん?そうやないって言えるんか?」

 HIROは倒れたままの浩之を見た。

「…残念ながら、それはない。異能者は、力を使った後は気を失うんだ。今この場にいるほかの人間はみんな気がついてる。だから、力を使ったのは、あいつなんだ」

「そんなん…」

 一瞬 HIROに食い下がる智子の腕から力が抜けた。

 その瞬間に、HIROは引き金を引いた。

 鋭い音が空気を裂き、一筋の細い光線が浩之の方に延びたかと思うと、次の瞬間、浩之の体があったその場所から、体が消えた。

「あっ…」

 と、同時に、

 智子が握る制服が、ぱさりと地面に落ちた。

 HIROもまた、消え去っていた。


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